2022/07/22

祇園祭・後祭

 祇園祭が前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)になり,ゆっくり見ることができるようになった気がします。観光で訪れる方にとっては一回で見られる方がうれしいかもしれませんが,本来,前と後に分かれていましたし,文化,伝統としても,とても大切なことだと思います。合理化を進めることは良い面と悪い面が有ります。昨今の合理化の推進を求めすぎる風潮も,何だか不思議に感じていましたので,この元に戻しての行事の進行はとても良かったのではないかと思っています。進めなくてはいけないものと,ゆっくり考えていくものの区別,区分が必要です。

 私たちの身の回りでは,私たちの価値の尺度で見て進めがちです。そして実際,その方が合理的なことも多いです。ただ最近,その尺度については,私達だけの尺度であって,私達の外の人の視点は,その尺度自体,合わないことを認識しなくてはいけない・・と強く感じています。全てが今の時点,今の時代の尺度で図ってしまっているのは,私たちが余りにも無知であり,私達のその生き方の傲慢さが招いているのではないかと,常々感じます。これは私自身もそうであるなと感じ,足元を見つめ直さなくてはと思っているところです。

 祇園祭の長い伝統,そしてそれを作り上げてきた文化は,その時代時代の尺度によって解釈や醸成が進んできた賜物です。このことは,祇園祭のいつの時代を切り取っても,その文化の度合いの価値は低下することは有りません。そして,現在に携わっている鉾や山を守ってきた人たちの文化や伝統を見せてもらえていることは,「京都」といった町の文化を見つめ直し,学んでいける場の一部として提供してくれていると言えます。その上で改めて,眺めてみると,その時代の尺度を考えてしましまいます。この時の祇園祭は,どういった時代背景で,どういった人の価値観が有ったのだろうか・・・。それを学んでいくための古文書や史料,絵図など興味が尽きません。ランドスケープの中でも文化や空間に関わる内容だなと強く感じます。

・・・とはいえ,難しいことよりも,あとは後祭を楽しみたいと思います。

南観音山

北観音山